介護休業を取得して得られた「かけがえのない時間」
- よりそいコンシェル
- 6月12日
- 読了時間: 4分
今回は、仕事と介護を両立しながら、お母様とのかけがえのない時間を過ごされた(60代・会社員・女性)の体験談をご紹介します。
介護休業を取得するまでの葛藤や、制度を活用して得られた大切な時間―――。
同じように悩まれている方の参考になれば幸いです。
私が50代に入ってから、母と2人で旅行をする機会が増えていました。ある日、「一度行ってみたかった」と母が言った場所へ、電車に乗って出かけた旅が、思いがけない転機となりました。

旅にはお弁当やお菓子をたくさん持ってきてくれる母。車内で昼食を楽しんでいたとき、ふと母の口元から食べ物がこぼれ落ちました。急いで食べすぎたせいかしら?と少し気になりながらも、無事に旅先に到着。しかし、夕食時にも同じことが起こり、不安が募っていきました。
そして数日後の受診で、母が食道がんを患っていることがわかったのです。日頃から健康には気をつけ、定期的に健診も受けていたので、母は大きなショックを受けていました。放射線治療を受け、一度は治癒したものの、翌年に再発。私はこのタイミングで介護休業を取得することにしました。
当時、私は複数の業務を担当しており、なかなか休みを取りづらい環境でした。「迷惑をかけるのでは」「信頼を損なってしまうのでは」と心配ばかりが先に立ち、思うように相談もできずにいました。けれど、ある日職場でのちょっとした会話をきっかけに、介護休業について詳しい方に相談することができました。それまで私は「介護休業は、要介護認定がないと取れない」と思い込んでいましたが、それが誤解であることを知りました。さらに、私の勤務先には独自の休暇制度もあり、使いきれなかった休暇を介護のために活用できる仕組み※があることも初めて知りました(※勤務先独自の制度)。
母の退院後、少し体調が回復したのを見て、もう一度旅行に行く計画も立てました。ですが、出発2日前に発熱し、そのまま入院。結局、家に帰ることなく最期の時間を病院で過ごすことになりました。

そして入院から2カ月経ち、私の仕事のひと区切りがついたタイミングで介護休業を取得しました。休まれては困ると言う方もいましたが、背中を押してくださる方もいて、思い切って決断することができました。
入院先では手厚く看護していただいていましたが、母は「看護師さんは忙しいから」と、自分の希望をなかなか伝えられず気を遣ってばかりいました。そこで、私たちきょうだいで交代しながら母に付き添うことを決め、病室も個室に移り一緒に過ごす時間を持つことにしました。
「トーストが食べたい」「かき氷が食べたい」そんな母の小さな願いを叶えたくて、あれこれ買いに走りましたが、ほとんど食べることができません。「わがまま言ってごめんね」と話す母に、「私はわがままを聞くためにいるんだよ」と伝え、ただただ穏やかな時間を一緒に過ごしました。
きょうだい全員がそろって母の枕元でおしゃべりをしたり、口げんかをして叱られたり……そんな時間が持てたのも、介護休業を取ったからこそでした。
母が亡くなったのは、私が介護休業に入ってから20日後。最期の瞬間まで一緒にいることができたのは、かけがえのない時間でした。

復職後、ある方から「親を亡くすというのは、生まれたときから自分を知ってくれていた存在を失うということ。その孤独を受け入れなくてはならないね」と声をかけていただき、会社で思わず涙をこぼしてしまいました。その言葉が、今でも心に残っています。
介護休業制度について教えてくれた上司、背中を押してくれた周囲の方々には本当に感謝しています。そして、「もっと早く休みを取ればよかった」という後悔はあるものの、自分にできることはやり切れたと思えています。
働く期間が長くなった今、誰しもが介護・看護・育児・病気と向き合いながら働く時代になっています。職場にある制度を正しく知り、無理なく両立することは「誰かのため」でもあり、「自分のため」でもある。皆さんも、制度を上手に活用して、悔いのない選択をしてほしいと伝えたいです。